原題:Grans
2018年の映画
おすすめ度:☆☆☆☆
※本作はR-18指定です。
【一言説明】
この税関職員……デキる。
美しくも不穏なポスターが目を引く本作。
『ぼくのエリ 200歳の少女』の原作者が脚本を担当したとのこと。
なんちゅーかシビアなファンタジーものなんだろうなあ……と思いつつ、鑑賞して参りました。
北欧の美しくも荒々しい自然を舞台に、特殊メイクを施した主演のエヴァ・メランデルさんとエーロ・ミロノフさんが不思議な世界へと我々を導いてくれます。
[adchord]あらすじ
港で税関職員として働くティーナ。
独特の風貌をした彼女は、人間の負の感情を読み取る不思議な力を持っていた。嘘の臭い。
恥の臭い。
悪意の臭い。
違法な物を持ち込もうとする人にまとわりつく異臭。ある日、彼女の前にかつてない空気を漂わせる人物が現れた。
名はヴォーレ。
自分とそっくりの容姿を持った彼に、次第に惹かれていくティーナだったが……。
※以下ネタバレかつ若干のグロテスク&虫に関する表現がありますので、苦手な方はご注意ください。
感想
『北欧ミステリー』と銘打っていた本作。
加えて『妖精』『二つの世界』というキーワードも提示され、ポスターに映るティーナの容姿から彼女が人間ではないことが容易に察せられる。
なんだなんだ? あれか? 超陰惨な、人の手によるものとは思えないような殺人事件が起こり、実はそれに妖精が関わっていることを主人公ティーナが暴いていく的なアレか??
超ワクワク!!
ではなかった。
ミステリーでもなかった。
ジャンルは何じゃろ? ドラマ?
とにかく最初にどーんと出て来るティーナの姿に、頭の中で不協和音が鳴り響いた。人に似た、けれどあまりにも違うごつごつとした容姿。その異様さに正直言ってギョッとした。
港に着いてすぐ、彼女は草原で虫を手に乗せる。それがカサカサと動く様を、熱のこもった目で見つめるティーナ。
ああ、食べたいんだろうなあ……という葛藤が伝わってくるシーンだ。
だが当然ながら、人は普通虫を食べない。
なのに彼女はとても食べたそう……。
こんなシーンが映画の初っ端で映し出されるため、ティーナという存在に対して境界線を引かれたような気持ちになった。
彼女は一体何者だ? と。
それはつまり、主人公たるティーナに感情移入できなくなったということだ。
前を通り過ぎただけで悪意を嗅ぎ分け、違法物所持者を容赦なく選別していくティーナは優秀だが、同僚には「不気味な女性」として煙たがられている。スーパーで買い物をすれば奇異の目を向けられ、くんくんと上唇を持ち上げ臭いを嗅ごうとするしぐさは野性の動物を思わせる。
人間社会に投げ込まれた異分子。
彼女が登場するだけで画面には違和感が生まれ、不快とも取れる緊迫感に身をよじりたくなる。何か別のものを写してくれと言いたくなるほどに。
だがこれはティーナの物語。カメラは徹底して彼女に寄り添い、その姿を映し続ける。
彼女の同胞と思われるヴォーレが登場しても、緊張感は変わらない。
ティーナと違い、他者に対して悠然と構えるヴォーレだが、虫を食してみたり、ビュッフェにて独り占めしたサーモンを素手で食べたりと、やはり不協和音を鳴り響かせている。
一体彼らは何者なのか?
我々はいつまでこの不可思議な存在の行動を見守ればいいのか。
緊張が最大限に高まったところで、ヴォーレが答えを与える。
「我々はトロールだ」と。
その瞬間、自分の中にくすぶっていた違和感が消失した。納得したとも言えるだろう。
二人の容姿がごつごつとしているのはトロールという種族の特徴であり、虫を食べるのはそれが彼らの主食だから。
わかってしまえばなんということのない、当たり前のことだったのだ。
それまでティーナがヴォーレに惹かれ、くんくんと鼻を動かして臭いをかぐ様に異様さすら感じていたというのに、二人が何者かわかった途端、裸になり荒々しく森を駆け抜け、湖に飛び込んではしゃぐ姿を美しいと思うようになった。
まったくこうも調子がいいものかと自分の感情にあきれた次第だ。
前半のティーナに感情移入できなかったのは、彼女の存在自体に畏怖を感じていたからだろう。表情に乏しく、野生の動物には好かれるものの、人に飼いならされた犬に吠えられるティーナは、筆者の目にも異分子としてしか映っていなかった。
それが彼女は人間ではない=まったく別の種族であると判明した途端、容易に彼女の側に立つことができたのだ。
『境界』と銘打ったタイトルのなんと的を射たことだろうか。ティーナとヴォーレの姿を通して、自分の中に引かれた善悪や良し悪しに対する境界線をまざまざと見せつけられた気分だった。
ただそれが不快ではなく、むしろ喜びとして感じられたのは幸いだと思う。ティーナに寄り添うことは、境界を越えることは可能だという何よりの証拠だからだ。
だが同じ種族とはいえ、人間社会で育てられたティーナと流浪の旅を続けて来たヴォーレとの間には越えがたい境界があり、結局二人は別離の道を取る。
自身の出生を知り、養父を含む人間社会から決別したように見えるティーナだが、自身の子である幼い命を抱いた彼女は今後どう過ごしていくのだろうか。
おそらくはこれまでのように密接でなくとも人間社会側にとどまり、森の中でささやかな幸福を築いていくのではないだろうか。
同じティーナの姿でも、冒頭とは真逆の印象を持って終わったラストシーンはとても美しい。
万人におすすめできるというわけではないけれど、とても面白い映画でした。
興味があって未見の方はぜひ。
人物紹介
●ティーナ
主人公。港の税関で働く女性。
ごつごつとした独特の風貌をしており、周囲との差異からくる生きにくさにずっと悩んできた。
途中で介護施設にいる父親が出て来るが、遺伝子が一つもかすってないのが逆にあっぱれ。よくぞ今まで養子だとばれなかったね!
主食は虫なのだが、ヴォーレに会うまでは人間と同じものを食べていた模様。
同居人ローランドが用意したパスタを前に食欲がわかなそうな顔をするが、フツーにおいしくなさそうだからしゃーないと思われる。
乳房はあるものの性別的には男性であるらしく、ヴォーレとのシーンにて本作が何故R18指定なのか納得するやり取りを見せてくれる。収納式とは恐れ入ります。
そして性別が見た目とは逆故に、ヴォーレとのガウガウ合戦では迫力勝ち。気に食わなかったローランドの犬とその飼い主も黙らせちゃうし、ティーナさんかっけーっす。
本名はレーヴァ(リーヴァだったかもしれん)。彼女にぴったりの美しくも力強い名前だ。
ヴォーレと別れてからしばらくして彼女宛に宅配便が届き、中には二人の子が入っていた。戸惑いながらも抱き上げた子は、虫を食べさせると泣き止み笑顔になった(冒頭と同じ種類の虫)。
それを見て微笑むレーヴァ。
希望を感じさせるラストだが、宅配便で赤ちゃん送んなやということが気になってほんとにもうヴォーレさんさあ。
●ヴォーレ
ティーナが税関で出会う人物。彼女によく似た容姿をしており、当初は男性かと思われたのだが、実は女性器を持っていることが判明。
トロールの習性として未受精児を定期的に体外に排出しなくてはならないらしく、作中でも一度出産シーンが挟まれるが、最高にワイルド。多分撮り方。
なるほど、その突き出たお腹は妊娠によるものなのだな……と思っていたら、そんなことはなかった。出たままだった。あれ、おかしいな。
そしてフェリーのレストランにてサーモンをぼひゃひゃーーっと全部かっさらっていく。「他の人のことも考えて!」と注意するご婦人を目力で黙らせるが、種族うんぬん以前に普通にお行儀が悪い。
人間への憎悪とか、そういう問題じゃねえっつの。配分という言葉を思い出しんしゃい。
トロールは人間に迫害されていた歴史があり、ヴォーレも例にもれず嫌悪感を持っていた。
彼が時折産む未受精児は赤子の形状をし、食事を取るものの長くは生きられないという習性を持つ。それを利用し、人間の赤子を盗み未授精児を置いておく=取り替え子(チェンジリング)にすることで、社会に復讐していた。
ティーナが追っていた児童ポルノの主犯が実はヴォーレであり、共犯者をその手で殺害するという凶行に及ぶ。
トロールの歴史を考えると復讐も止む無しと思えるが、赤子は……赤子はダメだろ……!
最後は両手に手錠をかけられた挙句、冬の海へと落下していったのだが、フツーに生き延びてフィンランドのトロールたちに合流した模様。
ダイ・ハードか。
●ティーナ父
介護施設にて暮らしている。
どう見ても実父とは思えないのだが、後にトロールたちの収容施設からティーナを引き取ったことが判明。めっちゃ納得した。
真実を知ったティーナに責められ、彼女の本名を教えた後は決別した模様。
容姿ゆえにいじめられていたティーナを見てみぬふりをしていた節があり、そりゃ怒られてもしゃーないわー。
●ローランド
いかにもヒモ的なダメさを醸すティーナの同居人。
彼女の持ち家に住み着き、ドックショーに出す犬を我が物顔で侍らせている。
一応ティーナに好意は持っていたようだが、性別的に男性であるためすげなく断られていた様子。
最後は自身がトロールだと知った超怖い不機嫌ティーナさんに「出て行って」と言われ、そそくさと出て行った。
わんこがとりあえず無事でよかったっす。
●児童ポルノの捜査官
ティーナの嗅覚を買い、児童ポルノの製造元を突き止めるための捜査に抜擢するおばさま。
おそらく後にティーナは職を離れてしまったと思うのだが、子どももできたし、もし職場復帰するとしたら彼女の元で働くのかもしらん。
●狐しゃんと鹿しゃん
トロールの特性として、森の動物たちと仲良しになれるようだ。
ティーナが森にいると立派な角の鹿しゃんが「はあい」とあいさつしに来てくれ、最初は逃げてった狐しゃんも後に部屋の窓際までやって来てくれるのでめちゃんこかわゆい。
●監督
アリ・アッバシ氏。イラン出身の方だそう。
稀有な作品をありがとうございます。次回作も楽しみにしております。
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