映画『シンク・オア・スイム:イチかバチか俺たちの夢』ネタバレ感想。中年の心に刺さるおじさんたちの逆転劇。

シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢 ドラマ

原題:Le Grand Bain
2018年の映画
おすすめ度:☆☆☆☆☆

【一言説明】
世界選手権あるんだね。

シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢

おじさんだらけのシンクロチームという魅惑のワード。しかもなんと実話を基にしているそうな。
心の指標・Yahoo!映画大先生でも3.9をたたき出す高評価。これは見に行かないわけにはいくまい……というわけで劇場入り。

めっちゃくちゃ面白かったです。

彼らおじさんと同年代……もしくは三十代以上の人にはもれなく心にぶっ刺さって来る映画でございます。原題の『Le Grand Bain』は文字通り『プール』、英題の『sink or swim』は『一か八か』という意味だそうです。
見るとシンクロしたく……なりませんでしたが、自転車で爽快に走り出したくなるような元気をもらえる内容でした。

元気と言えば余談ですが、この前ものすごく気疲れすることがあり、疲労が脳まできたのか唐突に『唐揚げって嫌いなやついんの?』というスレッドを立ち上げたくなった筆者です。
嫌いな人もいるよね。

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あらすじ

まったく、人生は色々ある。
欝で二年以上働けなくなったベルトランは、気晴らしにプールへ行った日、掲示板にとあるメンバー募集の張り紙を見つける。

『男子シンクロメンバー大募集!』

いやいや、なんでシンクロ。たしかに泳ぎは得意だが、いきなりシンクロチームに入るなんてそんな……って練習会場に来ちゃったよ。
えっ、仲間に入れてくれるの? 
あっ、そう。ならやるか。

案外フットワークの軽い男だったベルトラン。
そんな彼が入ったおじさんだらけのシンクロチームは、やがて世界を目指すことになるのだった……!

※以下ネタバレです。未見の方はご注意!

 

 

感想

冒頭。映画『アメリ』を想起させる怒涛のナレーションによって語られる『丸は四角に入らない。逆もまたしかり』説。
生まれたころは優しい丸の世界で囲われていたものが、成長し社会に出るにしたがって、とげとげと角のある四角い世界へと変わっていく……。

主人公たちシンクロチームのメンバーは、いずれもその四角いものに取り囲まれた面子ばかり。
ベルトランは欝で二年も働けず、発電所か何かの所長を務めるロランは偏屈な性格が災いして妻子の心を傷つけてばかり。マルキュスはプール販売業が鳴かず飛ばずで破産寸前、シモンはミュージシャンだが一度も売れず、ティエリーはプール用務員として孤独な生活を送っている。バジルはまだ38歳なのにローンを組むには年齢が上すぎると言って断られ、外国語を話すアヴァニシュにも何やら悩みがあるらしい。

この映画。前半のおじさんたちが次第に苦境へと追いやられていく様が非常に悲惨で切迫しており、中年の身には堪える内容となっております。
中でもミュージシャンであるシモンの娘ローラの父への一言がひどい。

「パパは栄光とは無縁の人間なのよ」

ヒエエェ。これはエグいぞ、ローラちゃん。
彼女の言葉は「パパはこの先死ぬまで夢の叶わない人生を送るのだ」と言っているに等しい。一生スポットライトは当たらず、輝く瞬間は訪れず、夢破れたまま残りの人生を生きるのだと。
ローラにしてみれば、家族だからこそ言った言葉。
だがシモンからすれば、娘にだけは言われたくなかった言葉。
それはスクリーンを通り抜けて観客にも突き刺さり、わが身を顧みずにはいられない。
若いころと違って気力も体力も減ってきた。これから先、何かを成し遂げるにしても果たしてどこまで行けるのだろうか?
そんな気持ちを限界まで抉って抉って、行き所のなくなった男たちは自分が負け犬であることを認める。唯一社会的には成功しているロランですら、負け犬であることを自覚している。

さて、どうなるか?

シンクロの世界選手権を目指すのだ。

なんだとっ!? ってなるじゃないですか。嬉しい気持ちで「なんだと」って。
私生活はボロボロでメンタルもボロボロなのに、おじさんたちはなんと世界を目指すんです。
ティエリーがたまたま見つけたシンクロ世界大会の動画。すっげぇじゃん、同じことをやってるやつらがこんなにいて、しかも演技も超かっけー!
地元の水球大会で前座を務めるのが関の山じゃなかった。ちゃんと世界で踊れる舞台があるんだ!

よっしゃ、俺たちも出てやろうぜ!!

息詰まる前半があったからこその後半のカタルシス。
このおじさんたちのマイナスを含んだ前向きさがいいですよね。

だがここでコーチを務めていたデルフィーヌの思わぬ闇が発覚し、彼女が離脱。
どうする? ってなったところに、女神降臨。
デルフィーヌの元相棒アマンダが登場したあたりから、物語は加速度的に爽快さを増していくのです。

この映画のうまいところは、おじさんたちが必死に努力するシーンが延々と流れるも、実際の演技は本番までちらとも見せないこと。世界選手権当日まで、彼らがどれだけ上達したのか、またはしていないのかよくわからない。
なのにライバル選手たちはめちゃくちゃ精度の高い演技を見せてきて、おいおいおい、大丈夫かこのチーム、となる。

からの。

演技!

ぜひぜひご自身でお確かめください。
四角だった彼らが見事な円に収まった姿には、涙を禁じ得ないどころか大泣きでした。
四角を丸に入れるのは自分次第。
何かを成し遂げたければ、まずやれ。そして続けろ。何事もこれが一番大事だと思った次第です。

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人物紹介

●ベルトラン
本作の主人公。鬱で二年以上無職。妻と長男長女との四人暮らし。
ほぼほぼ引きこもりと化しており、昼夜問わずゲームに没頭していた。だがある日シンクロメンバー募集の張り紙を見たことで世界が少しずつ変わり始める。
妻の親族とはそりが合わず、義姉の夫の家具販売店で働き始めるが、すでにベルトランという社員がいるという理由で『ジャン・リュック』なる名前を名乗るよう指示される。そういうとこだぞ。いやなやつめ。
からの後半のポンコツファイトは、『ブリジット・ジョーンズ』におけるマークとダニエルに並ぶくらい素敵な無迫力バトルとなっていました。

金メダルを取ったものの、本国ではまったく話題に上がらなかった模様。でも来年もきっと出るだろうし、いずれは取材陣とかつくのではないかなーとも。
最後の自転車に乗る姿にこちらも笑顔になりました。望むなら、四角も丸に入るんですわ。

作中は終始冴えない風貌でしたが、序盤で一度だけスーツを着た姿はあらやだ男前

●ロラン
鉄工所だか発電所だかの所長。とてもいい家に住んでいる。
だが自他に厳しい性格と持ち前の癇癪が災いし、妻には逃げられ、息子とも一時疎遠になってしまう。その原因は後半で登場する母親の影響が多分にあると思われる。
おそらく病気のせいなのだろうが、スイッチが入った途端息子のすべてを全否定する。これは辛い。だがそんな彼女を介護施設から引き取り面倒を見る様に、彼の自分を変えようともがく姿を見ることができる。

作中屈指の盛り下げ担当だったが、演技の精度と情熱はチーム随一。
唯一中年の中にあってお腹が出ていない人でもあった。

だけどなんで彼がシンクロチームに所属していたのか、ものっそい謎。
なぜよりによってシンクロだったんじゃろ。
踊る所長(しかもかなりキレッキレ)は社員の間で物議を醸したと思われるが、個人的には彼の尖った印象が緩和され、まさに四角が丸の良い印象を与えたのではなかろうかと想像。

●マルキュス
プール販売会社の社長。ハチャメチャおじさん。商品がほぼほぼ売れずに倒産しかかっている。
部下の給料を四ヶ月も支払っていないことが判明して驚くが、賞賛すべきは四ヶ月もタダ働きなのに辞めない社員がいるということではないだろうか。
不思議な人徳があるのかな! 部下が働く横で七色に光るプールで美女とイチャコラしていたりするけど。

今回の会社が倒産したら、潰した会社は四個目らしい。結果はどうあれ、四度も起業できるのがすごい。しかもその妙なバイタリティによってチームを妙な方向に引っ張ってくれる。
キツネ大作戦:揃いのユニフォーム買う金がないから、盗もう
 ↓
もちろん万引きGメンにとっ捕まり、支払うことに。ティエリーが。
お前……。

あと優勝した記念にメダル取った自分の等身大ボードを作った。
そんなん作るより、部下に給料払ってやれや。

●シモン
売れないミュージシャン。25年来の仲間と共に、地元で興行する日々を送る。
日中は娘の学校で食堂のおじさんとして働いているが、普段は避けている娘が話しかけてきたと思ったら、前述の強烈ボディブロー発言をぶつけられる。超不憫。
だが世界選手権の曲をどうするかでもめた後、なんと専用の曲を書き下ろすという偉業を成し遂げる。業務中に。働けや。
そしてお仲間が本番でもライトなどの演出を担当してくれ、芸術性を爆上げするのに一役買うから素晴らしい。
ロン毛が鬱陶しい気もするが、アーティストとはそういうものだから仕方がない。

●ティエリー
ベルトランたちが練習するプールの用務員を務める。おそらくは家族もこれという友人もおらず、自宅とプールを往復するだけの孤独な日々を送っている。
彼が淡々と語る幼少期の思い出は和やかな場を一気に凍りつかせる程の凄まじい破壊力を持っているが、本人が気づいていないのが幸いか。
本人の資質である金のハートによりデルフィーヌとフラグを立てつつあったが、この先どうなるかは不明のまま終わる。
散々バカにしてくれた水球チームに優勝カップをノリノリダンスと共に披露するシーンは溜飲も下がってナイス。
だけどユニフォーム代はちゃんと返してもらえたのかな。

●バジル
38歳。メンバーの中では若い方だが、住宅ローンを組もうとしたら年齢を理由に断られてしまう。
38ってローン組めないの??
おフランスは厳しいザーマス。
チームメンバーと共に厳しい訓練に耐え抜き、最後は見事な演技を披露する。
本番では体にオレンジ色の何かを塗りたくり、マッチョに見せかけようとするが無理がある。
もうちっとクオリティという言葉に敬意を払いたまえよ。ムラがあるにも程があるがな。
そしてまさかのエアギター担当。
あっ、なるほど。前半のロボット(?)ダンスはここにつながるのか! と膝を打った次第。
フィンランドにはエアギター選手権なるものがあるらしいし、北欧はおおらかな国柄なんでしょう。個人的にはこのエアギターで芸術点が跳ね上がったと想像。

●アヴァニシュ
アフリカ人。フランス語ではないなにがしかの言語を話すが、彼だけ字幕がつかないので何を言っているのかわからない。が、チームメイトとの意思疎通はできている模様。
あるある。お互い何言ってるかわかんないけど、なんか通じる異文化コミュニケーションである。
チーム一の大柄ボディを持ち、こんだけ特訓したんだから意外とシュッとしたのではと思ったがそんなことはなかった。出たままだった。

●ジョン
中盤以降にチームに加入する若手介護師。もしくは看護師か?
ロランの母がいた介護施設に勤務していたが、施設内の匂いが苦手なために息を止めて業務を行なっていた。ちょうど土台になれる=息を3分以上止められる人材を探していたロランによってスカウトされる。
一番若いだけあって練習に毎回顔を出さずとも覚えは早かった様子。プレッシャーに弱く、本番直前にトイレにこもって吐き続けるも、ティエリーやメンバーに励まされ、見事に役目を果たした。
若いっていいなああぁぁ。
だが気絶は失礼だからやめなさいね。

●デルフィーヌ
シンクロチームを導く紅一点のコーチ。若い頃は世界大会にも出場したシンクロの選手だったが、パートナーが怪我をしたため引退を余儀なくされる。
詩や本の朗読をし、優しさに満ちた指導をしてきたが、世界大会進出を決めた後で既婚者男性にストーカーまがいのことをしていたことが判明。練習に出てこなくなってしまう。
その後をかつてのパートナーであるアマンダが引き継ぐも、スパルタの指導者も裸足で逃げ出す勢いのドSだったため、このままではチームが瓦解してしまうと思ったティエリーの説得に応じ、再び戻ってくる。
そもそも彼女がいなければチームも生まれなかったであろう、金メダル獲得の功労者。

●アマンダ
昔はデルフィーヌと組んでシンクロ大会に出場した選手だったが、現在は故障により車椅子に乗っている。超がつくスパルタ。
あまりの過酷な指導にキレたロランにプールに落とされるが、ようやくしおらしくなったかと思いきや、仕返しにメンバーを二時間もサウナに閉じ込める。死ぬわ。
デルフィーヌに「愛も必要」と諌められるが、その後も鬼軍曹のごとくおじさんたちをビシバシ指導する。
山中ランニングは支持するが、丸太スクワットはどうかな! 丸太いるの???
だが正直サドっ気を感じる軍曹口調は嫌いじゃない。ムチでしばかれたい。

●クレア
ベルトランの奥さん。うつ病に悩む夫を支えるまさしく良妻賢母な女性。
だがベルトランがユニフォームを万引きしようとした上に愛車をぶつけて帰ってきた際はさすがにキレていた。そりゃそーですわ。

実の姉に「あんたの夫がどんな風に噂されてるか知ってる?」と揶揄された時に見せる態度が最高にかっこいい。
「うつだろうとシンクロで踊っていようと、それが彼なら私は誇りに思う」
こんなん言ってくれる嫁さんは中々いない。ベルっちよ、いい人を見つけたね。

●ローラ
思春期真っ盛り。シモンの娘。
食堂で話しかけてくる父ちゃんに「やめろよマジで」という塩対応をするが気持ちはわかる。
あんまりな発言を父にしてしまうが、世界選手権の会場に同行。父親が栄光に包まれる姿を目にして興奮に包まれる様に涙腺が決壊した。

●マルキュスの部下
10時半業務開始なのに10時半に出社するという日本人には考えられないマイペース社員。だが社長も社長で売り物のプールに座って飯食ってたりするので同罪。
四か月も給料を払ってもらえず、倒産が迫ってきているにも関わらず、世界選手権終了後も会社に籍を置いているようである。いい奴だなー。
給料未払いにいい加減ブチ切れて交渉に来た際、
「(小切手を)切ってやるさ! 不渡りだけどな!」
という作中一のとんでも発言をされる。マルキューーース!

●水球チーム
地元の奴ら。同じプールで練習するシンクロチーム(特にティエリー)をバカにしてくるが、金メダルの元にひれ伏すがいい。フハハハハ。

●スイスチーム
ベルトランたちの後に演技する予定だったチーム。満場のスタンディングオベーションの後ではさぞやりにくかったであろう……。
そして日本チームがいい位置につけており、さすがだと思いましたね。ウォーター・ボーイズもウォーター・メンになっている頃でしょうか。

●体型
序盤はお遊び程度だったのが、世界選手権で優勝するくらいに鍛えられたおじさんたち。それ相応の厳しい練習を積んできたのだが、最後までその腹が引っ込むことはなかった。
若干シュッとしたかな……くらいになっていたと思うが、若者よ、これが中年体型だ。トム・クルーズ氏みたいなのはね、例外中の例外なんですよ。

●監督
ジル・ルルーシュさん。フランスの方で、俳優としても活躍されていらっしゃるそうな。
とてもとても面白く、素晴らしい時間をありがとうございます!!

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