原題:Marrowbone
2017年の映画
おすすめ度:☆☆☆☆
ホラーだけど怖くない度:☆☆☆☆☆
【一言説明】
屋根裏になんかいる。
題名だけで、何やら面白そうな気配の漂う『マローボーン家の掟』。以前ネットで見かけたのをTSUTAYAで探そうとして、まだDVD発売前だったために、血涙流して帰って来てから早数か月。
先日、TSUTAYAの準新作コーナーに行ってみれば……出てるじゃん。何だよ、出てるなら言ってくれよ。思わず二度見したわ。
というわけで、借りて来たマローボーン家。
主演は『1917 命をかけた伝令』での熱演が記憶に新しいジョージ・マッケイ氏。兄弟役には『ストレンジャー・シングス』のチャーリー・ヒートン氏と、リメイク版『サスペリア』のミア・ゴスさん。ヒロインには『スプリット』のアニャ・テイラー=ジョイさんが出演されています。
あらすじ
「この線を越えたら、記憶はリセット。新しい人生の始まりよ!」
はるばるロンドンからアメリカへとやってきたマローボーン一家。
母ローズ、長男ジャック、次男ビリー、長女ジェーン、三男サムの五人は、古いながらも楽しい我が家で、仲良く暮らし始めた。けれど、ほどなく病弱だった母ローズが他界。今際の際に、彼女はジャックに言い残す。
「21歳になるまで隠れて――兄弟を守って」
母の遺言に従い、四人の兄弟は誓い合った。
「絶対に離れない。共にいる。ずっと……」
誓いは実現するかに思えたのだったが……。
※以下ネタバレ。何も知らずに見た方が、百億倍楽しめるタイプの映画です。未見の方はご注意ください。
感想
一切の前知識なしで見た本作。
パッケージからはホラーのような印象を受けたものの、ふたを開けてみれば、年若い兄弟&引っ越し先で知り合った隣人女子との青春譚とも取れる内容。あれ……これ別にホラーじゃなくね? それはそれでよくね? と思いつつ鑑賞していると……。
「ジャァァーーーック!」
ジェーンの絶叫に、静寂が破られる。
彼女が二階にいた際、突如鋭い音とともに窓に穴が空き、庭に黒い影が現れる。その影を見たジェーンが絶叫 → 兄弟全員が慌てて階段を駆け上がって来る → 画面暗転 → 六か月後……と推移。
半年後。兄弟たちは、あの絶叫が嘘のように平和な暮らしをしているが、いくつかの奇妙な要素が見られるようになる。
・ジャックの額に傷ができている。
・家中の鏡が撤去、もしくは動かせない鏡には分厚い布がかけられている。
・天井に奇妙な染みが広がっている場所がある。
・ローズの死を隠すためか、兄弟は敷地の外には出ないで暮らしている。唯一、ジャックだけが買い出しに出かける程度。
・屋根裏には幽霊がいる。時折、動いているような音がする。だから、屋根裏部屋の扉は開けてはいけない。
・階段前にある鏡の布が落ちた時は、兄弟全員が砦と呼ばれる自作のテントに逃げ込む。ジャックが布をかけに戻るが、とくに何も起こらず。鏡にはひびが入っている。
・サムが亡きローズの部屋に入った際、姿見の布が落ちてしまう。怯えてシーツを被ったサムが鏡を見ると、同じくシーツを被った背の高い何かが、サムの代わりに映っている。
・ジェーンが天井裏のアライグマに餌付けしようと隙間に手を突っ込むと、人間の手が現れて彼女に触れ、しかも逃げようとしたアライグマを中に引き込んでいなくなる。
・煙突の中に捨てたお金を拾いに、ビリーが上から侵入。煙突は屋根裏部屋に通じており、中はものすごい異臭がする。中にいた何者かが、ビリーを襲うために接近。逃げる途中でわき腹を怪我し、ロープで首を絞められかけるも、何とか脱出。その際、襲ってきた相手の腕を目にするビリー。
等々。
超不穏。
察しのいい方なら、例のジェーンが絶叫したときに何かが起きたんだな……と気づくはずなんですが。
筆者は何かぽやんとしていたようで、そもそもジェーンが絶叫したシーンの意味を理解していませんでした。
序盤にて、一家の姓が『フェアバーン』で、アメリカに来てからは、母親の旧姓である『マローボーン』を名乗ろうという台詞がある。加えて、「あいつ」と呼ぶ誰かがロンドンではいたこと。そいつから逃げて来たらしきことが判明。
そこで普通なら、「あいつ」=不在の父親であることに気付くはずなんですが、何故か筆者は、『本作はホラーである』という唯一の情報に邪魔をされ、ホラー=父ちゃん不在=「あいつ」=おとんを殺した幽霊という図式にたどり着いてしまいました。
だから、件のジェーン絶叫シーンでも、庭にいた黒い影=幽霊。
窓が割れたのは、窓=姿が映る=鏡と同じ=幽霊が現れると鏡が割れる=だから階段前の鏡も割れていた、という。なんか変な理屈をつけて納得してしまい、その後も「死んだ後も私たちを苦しめるのね!」という台詞や、「私たちが父親を殺したのよ……屋根裏に閉じ込めてね……」という台詞にも、なるほどー、幽霊に憑りつかれたおとんを、ロンドンで屋根裏に閉じ込めて逃げて来た=そろそろ事件が発覚し、本国では親殺しとして手配されてる頃ってわけだねー、的な、アン●ャッシュか! と叫びたくなるすれ違い推理をかまし、そのため真相が明かされた際には、顎がずれるくらいびっくりしたと同時に、なんかこう……とても細部にわたって上手に仕組まれたどんでん返しだっただけに、もっと正しく筋を理解した上で、正しくだまされたかった……と、変な方向に地団太を踏んだ次第です。
でも、本当によくできてる!
結局、真相としては、
・父親は連続殺人鬼の鬼畜ド外道。父の正体に気付いたジャックが警察に通報 → 父逮捕 → 父親が被害者から奪ったお金を、母が隠し持ってアメリカに逃げる → 父怒りのあまり脱獄 → 六か月前に兄弟たちの居場所を見つけ、ジェーンのいる窓に銃弾を撃ちこむ → ジェーン絶叫。
・ジャックは弟たちを守るため、屋根裏部屋に外から鍵をかけて彼らを閉じ込める。その後、一人で父との対決に挑むもフルボッコ(この時、額に傷がつく) → 父、屋根裏部屋に入り込もうとするが、鍵がかかって開かない → 煙突から侵入、兄弟を惨殺 → 意識を取り戻したジャックが駆け付けるが、時すでに遅し → 父親をそのまま屋根裏部屋に閉じ込める=屋根裏の物音=生きていた父親。
・一人生き残ったジャックは、ショックで人格が分裂。死んだ三人の人格が宿り、引っ越してきたときと同じ「この線を踏んだら、記憶をリセット」の儀式により、兄弟に起こった悲劇を忘れる=事件後から画面に映っていたビリー、ジェーン、サムは、全部ジャックの一人芝居。
・屋根裏の扉、開けるべからず=父親を閉じ込めるため&兄弟の遺体をジャックが見ないようにするため。鏡に布も同様。鏡に死人は映らない=四人いるはずが、映るのはジャック一人のみ=彼が真相を思い出してしまうことを防ぐため。ひびが入っていたのは、動揺したジャックが割ったから。
・サムが母親の部屋で見たシーツを被った幽霊=ジャック自身の姿。サムよりも背が高いのは、身体がジャックのものだったから。
・ジェーンが遭遇した天井裏の手=閉じ込められた父ちゃん。アライグマは食料にした。
・煙突に侵入したビリー=ビリー人格のジャック。ビリーが負ったのと同じ場所に怪我をしている&襲ってきた腕は、もちろん父ちゃんのもの。異臭はビリーたちの遺体の臭い。
・天井の染み=屋根裏にあった遺体の体液が染みてきた。
……という、なんとも悲しいものでした。
個人的には、サムがとても健気でかわいい少年だったために、どうかこの子にだけは何も起こらんでください……と思って見ていたのが、実際にはとうの昔に命を失くしていたという事実。
あのク●親父は地獄に落ちろ。
すべてを思い出し、涙にくれるジャックですが、一途に彼を思ってくれる恋人アリーの存在が救いに。最後は、多重人格の治療を続けるジャックと一緒に、マローボーン家で暮らしていく……という希望ある結末で終了。
生きていたと思っていた兄弟が、実は多重人格者が見ていた幻だった……という、見ようによっては、ホラーではなくサスペンスとも取れる本作。
個人的には、ジャックの中に宿った三人は、ただの人格ではなく、彼らの魂そのもの=つまりは幽霊なんだろうと解釈しております。
母が死んだ夜に誓い合ったように、『兄弟は、離れず、ずっと一緒に』。ジャックがいることで、三人は生き続け、三人がいることで、ジャックも生き続ける。
アリーが医者からもらった薬を飲ませずに棚にしまい込んでいるということは、彼女もまた、ジャックの中にいるのが、ただの人格だけでないことを理解している証……ではないでしょうか。
切なくも温かなラストでした。
……ただ邦題。君はアカンと思う。
マローボーンの『掟』と、どどーんとインパクトを持って名言されているんですが、『掟』というほど、大仰なものではなくない? むしろ、母親との約束や、兄弟同士の取り決めみたいな、もっとふわっとしたものじゃない??
題名を知ったときは、てっきりマローボーン家という古から続く一族があって、そこに生まれた人々は、はるか昔から続く奇妙な掟を守る必要があり、外れると恐ろしい出来事がその身に降りかかるよ……的な。ゴシックロマンあふれる内容を想像しちゃったじゃないですか。
全然違うじゃないですか。
『グラビティ』が『ゼロ・グラビティ』になったくらいの悪手ですわー。
人物紹介
●ジャック・マローボーン
主人公。マローボーン家の長男。面倒見がよく、落ち着きのある性格。
連続殺人を犯した父と、その醜聞から逃げるため、家族とともにイギリスからアメリカへと引っ越してきた。旧姓はフェアバーン。
ローズに兄弟を守るよう託され、21歳=成人して保護者の資格を得るまで、母の実家でひっそり暮らすことを約束する。
だが母亡き後、わりとすぐに親父に見つかる。
兄弟を守るため、良かれと思って屋根裏部屋に閉じ込め、自身は父親と対決するため、単身外へと向かう。
が、どう見ても戦力差は歴然。
あっという間に返り討ちにされ、からくも生き残ったが、その間に兄弟たちは父親の手にかかって死んでしまっていた。
そのショックから、多重人格を発症。『線の儀式』を行ったことで過去の記憶を意図的に忘れ、一人で四人分のやり取りをしながら日々を過ごしてきた。
だが、映画ではその事実が非常に上手く理由付けされて隠されているため、真相がわかった後は色々と腑に落ちる点が多い。
いくら父親から隠れるためとはいえ、血の気の多いビリーまでが一歩も外に出ないというのは変だし、弁護士のトムが訪ねてきたときも、サムやビリーは応対せず、結局やり取りしたのはジャックだけだったな、など。
ということは、食料品店に収めていた手作りケーキも、実はジャック作。意識はジェーンのものとはいえ、彼がエプロンをつけてノリノリでケーキ作っていたかと思うと、なんというか……ええやん、てなる。
●ビリー・マローボーン
次男。先走り気味で、どこか危うさを秘めながらも、その実は兄弟思いという、有体に言って最高な次男。
十代という多感な時期ながら、敷地に閉じ込められ、外の世界に出ることもかなわない。ジェーン曰く、「ジャックにはアリーが、自分にはサムがいる。でも、ビリーは独りぼっち」とのこと。きっと外に出ることが出来さえしたら、素敵な出会いが待っていただろうに……と思うと、あのポンチキ親父に対する憎しみが無限大。
だが最後はジャックとアリーに呼び出され、ビリー人格にて、ク●親父に銃弾を放って決着をつける。
地獄で会おうぜ、ベイビー……と言いたいが、マローボーン家はそろって天国行きが決定しているので、二度と会うことはないのだ。馬鹿め!
それにしても、ワケアリなガラスの青年を演じさせたら、チャーリー・ヒートン氏の右に出る者はいないんでねーかいというくらい、素晴らしいですね。いいですね。
●ジェン・マローボーン
長女。ジャックとビリーの妹。母亡き後は、サムの母親代わりとして、弟を慈しむ可憐な次女。兄二人が対立したときは、クッション役になることもある。
引っ越し先で会ったアリーともいち早く仲良くなり、兄との仲も応援している模様。
……が。過去が明かされると、例のク●のつく親父により、ひでー目に遭っていたことが発覚。
あの疫病神めが。
ジャックがお風呂に入ってさっぱりしていた際、水から顔を出すと、突然音もなく隣にいて、ヒェッとなったんですが、幽霊みたいだな……と思っていたら、幽霊だった。かわいそじゃろが!
●サム・マローボーン
三男。七歳……だったと思うけど、とにかく小さくてかわゆい少年。彼の動作がいちいちかわゆく、そのたびに「こんなめんこい子は大事にせんといかん」と胸を熱くしていたのが、ふたを開けたらご覧の結末だよ、ク●が!
子どもを犠牲にするやつは何考えてんだマジで!
GO TO ●ELL! ゴー・トゥー・●ル!!
イッピカイエイなんたらだ、ブァァァーーーカ!
このめんこい子が、「お母さんに会いたい」と言うんですよ。結末まで見ると、なんか会えるんじゃねーのって思うんですよ。
でも兄ちゃんのために、側にいるんですよ。
これを健気と言わずしてなんと言うんだ……あのアフォ親父! 全関節脱臼したまえよ!
●アリー
町で評判の超絶めんこい女子。マローボーン家の隣人……という位置づけではあるのだが、通常思い描くお隣同士の、うん十倍は距離がある。さすがはアメリカだで!
夜になると、お互い窓越しに電灯でモールス信号を送り合うという、胸がキュンコラな青春の一面を見せてくれる。
ある晩などは、ジャックがサムを膝に乗せ、「ほら、アリーに何かメッセージを送れよ」と言って、やり取りするシーンがあるのだが、真相を知った後は気分が地獄。かわいそうだろうが……!!
ジャックとは一目ぼれに近いものがあり、人目を盗んで交流を育んでいた。
だが兄弟に起こった悲劇は知らず、ジャックが書いた日記を読むことで、初めて真実を知る。
見た目も中身も可憐……かと思いきや、その足でマローボーン家に乗り込み、分裂状態のジャックを発見 → 「落ち着け」 → 屋根裏でビリーたちの遺体を見つける → しぶとく生きていたジャック父に襲われる → 金庫をぶん投げて応戦するなど、ゴイスな女傑ぶりを発揮する。
ビリー人格が無事に親父を葬った後は、ジャックとともにマローボーン家に住み、彼と生涯添い遂げるであろうことが示されて終わる。
おそらく、いずれはジャックの心の傷も癒え、兄弟たちが彼のもとを離れる日が来るだろうと思われます。その時は、二人の間に新しい家族ができるのではないか……と希望の持てる結末でした。
アニャ・テイラー=ジョイさんの持つ魅力が余すことなく発揮され、多重人格者を前にした彼女のヒロイン感は無敵じゃのう……と思った次第です。
●サイモン・フェアバーン
一家の父親。元凶。アフォ。
ロンドンにて、殺人などの凶悪な犯罪にいそしみ、大金も集めていた。ジェーンへの所業から鑑みるに、家庭内でも大暴れしていた模様。
成長したジャックが勇気を出して父親を告発 → 父逮捕、ムショ行き → 母の実家『マローボーン家』に引っ越し → 母死亡 → 父脱獄、という流れ。
まったく別の土地ではなく、母親の実家に来てしまったのが運の尽きだろうか。というか、まさかこんなに早く脱獄するとは誰も思うまいよ。親父パネェ。
自分を裏切った家族への怒り故か、とにかく恐ろしい執念で一家を追いかけてきたアフォ親父。上記の顛末後は半年以上も屋根裏部屋に閉じ込められ、とっくに死んだ……と思われていたが、なんと屋根裏に忍び込んだ動物や虫(ぬぎゃー!)を食べ、雨水を集めて水分を取っており、トムとアリーがやって来るまでしぶとく生き延びていた。
とんでもない執念だが、さすがに我が子の遺体にまでは手を出さなかったのは、一応親としての矜持があった……のかどうか知らん。ク●親父めが。
最期はビリーの手にかかって、今度こそ死亡した。
●トム
弁護士。マローボーン家の所有権に関する手続きで、一家に関わる。そのため、彼らの事情についても把握している。
アリーに心を寄せており、ニューヨークの法律事務所に移る際、一緒に来ないかと汽車のチケットを渡すも、フラれてしまう。しかも、事務所移籍には株の一割を買え=大金が必要となり、話が立ち消えになりかけた上に、ジャックとアリーが海岸でイチャコラしているのを目撃。
何もかもが嫌になったトム君は、マローボーン家に乗り込み、サインが偽造であることを盾に、大金を要求。「どこかに隠してあるんだろう?」と家に忍び込み、うっかり屋根裏部屋にまで侵入してしまったのが運の尽き。中にいたジャック父の手にかかってしまう。
たしかに恋敵ではあったけれど、あんな目に遭う必要があったかというとそうでもない。
やはり、父=極悪人の一言に尽きる。
●アライグマ
とってもホラーな演出で屋根裏に消えてしまった。
かわいそうだろうが!
●監督
セルヒオ・G・サンチェス氏。スペインのお方。
とてもとても面白かったです。ありがとうございます。
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