原題:Miss Jane Marple
1984-1992年のTVシリーズ
おすすめ度:☆☆☆☆☆☆
【一言説明】
古き良き時代の名作ミステリ。
遠い昔――はるか彼方の銀河系で……ではなく、NHKにて放送されていたTVシリーズ『ミス・マープル』。
当時はジェレミー・ブレット氏版の『シャーロック・ホームズ』や、デヴィッド・スーシェ氏版の『名探偵ポワロ』も放送されており、なんとも恵まれた時代だったなあ……としみじみ。
この度Amazon Prime Videoにて、ジョーン・ヒクソンさん版が全話配信となっていたので、改めて視聴 → 感想を書く運びに。
『ミス・マープル』はポワロと並ぶ超絶人気の名探偵。そのため、過去にも幾度となく映像化されているのですが、個人的に一番好きなのが、このジョーン・ヒクソンさん版。
彼女の演じるマープルは、上品で控えめ。けれど一たび犯罪が起これば、冷徹と評されるほどの洞察力と人間観察眼を発揮し、実に容赦なく犯人を暴いてしまう。
ミス・マープルを演じた女優さんは数あれど、ジョーン・ヒクソンさんほど、『復讐の女神』という言葉がぴったりなマープルはいないのではないでしょうか。
はた目には無害な老婦人。けれど、その実は尖ったナイフ。彼女の下す裁きの剣は、情け容赦なく犯人へと振り下ろされる……。
この容赦のなさが、ぴりりと冷たい氷の欠片となって、物語を引き締めてくれます。
エンタメとして消費されるミステリの裏に潜む、『殺人』という行為の恐ろしさ。そしてそれを実行する人間の冷酷さ。アガサ・クリスティ女史自身がヒクソンさんを指名したのも納得なほど、その点が際立って描かれているんですね。素晴らしい。
そんなわけで、一度見始めたらイッキ見は確実な本シリーズを各タイトルごとにご紹介。寝不足必至だから気を付けあさあせ。
※以下ネタバレ。犯人やトリックはなるべく伏せていますが、よく読むと分かる場合もあるのでご注意。
紹介は公開年順になっていますが、お話同士は独立してますので、どれから見ても楽しめます。
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書斎の死体
原題:The Body in the Library
公開年:1984年
話数:全三話
ざっくり説明:書斎に死体あった。
あらすじ
おはよう、太陽。書斎に死体。
目覚めてすぐ、自宅に見知らぬ女性の死体があると知らされたバントリー大佐夫妻。
「知らん、知らん! こんな子は知らん!」と訴えるも、死体=若い子=「大佐……」的疑惑をかけられてしまうバントリー大佐。
ストレスから豚を愛でつつ、「豚でさいたま……」などと言い出す夫に危機感を覚えた妻ドリーは、頼りになる助っ人を呼ぶことにした。
セント・メアリ・ミードの眠れる虎こと、その名もミス・ジェーン・マープルである。
同時刻。大佐宅には、州警察より派遣された眼光鋭きスラック警部の姿があった。
相見える両雄。
果たして、事件を解決するのはどちらなのか?
感想
記念すべきシリーズ第一作。
主役のミス・マープルはもちろん、彼女のよき友人であるドリー、そして永遠のライバル(?)であるスラック警部も登場する回。
気持ちよい朝の空気。悪くない目覚め。
後はメイドが朝食をベッドに持ってきてくれるのを待つだけ……と思ったら、書斎で人が死んでる、というまさかの報告を受けるバントリー夫妻。
しかもまったく知らない相手。
誰や、お前。
ところが、身の潔白を証明するどころか、完全にアカン感じの視線を向けられるバントリー大佐。
一度疑惑の種がまかれれば、刈り取られるまでは針の筵。それが田舎町、セント・メアリ・ミード。
人々の目は厳しく、ツケがきくはずだった食料品店の店主は、「ツケ……? はあ……まあいいですけど……あんたが捕まったら、誰が払ってくれるんすかね?」という態度を隠そうともしない。加えて通りすがりの住人たちは、みんなでヒソヒソ。こっそりカーテンから覗いてくる始末。
大佐が人好きのする気のいいおいちゃんなため、見ているこっちまで胃が痛くなります。
そこに立ち上がる我らが雄、ジェーン・マープル。
一見、無害。豪華な邸宅に住むドリーと違い、こじんまりとしたかわいい一軒家に暮らす普通の庶民。
だがしかし。被害者の身元が割れ、海辺の豪華なホテルに調査がてら滞在すると、灰色ならぬピンクの脳細胞がめきめきと音を立てて動き始めるから、犯人逮捕、待ったなし。
最初の回だけあり、舞台はミス・マープルの住む町。ごく普通の田舎の老婦人が、実は英国一の犯罪学者であることを余すことなく知らしめるという、導入に最適な内容です。
クリスティ女史の書く犯人は、正当防衛による殺人や、偶然の結果、もしくは未必の故意などといったパターンは稀。たいていは明確な殺意を持ち、しかも動機は己の利害もしくは欲望のため。周到周到に計画を練るような、冷徹な人間であることがほとんどです。
だからいつも結末では、「犯人……怖ェ~~……」となるのがお約束。今回も例に漏れず。
そして、初顔合わせとなったスラック警部。思った以上に高圧的で、「ミス・マープルはゴイスだよ」というサー・ヘンリーの助言なんぞどこ吹く風といった具合ですが、果たして彼がデレるときは来るのか? 期待しつつ、続け次回!
動く指
原題:The Moving Finger
公開年:1985年
話数:全二話
ざっくり説明:怪文書届いた。
あらすじ
セント・メアリ・ミードから少し離れたリムストックの町。
一見平和な田舎町だが、実は今、出回る怪文書で大変なことになっていた。
「お前のかーちゃん、●べそ」レベルの事実無根な中傷内容。けれど、もらえば気持ちのいいものではなく――。
そんなギスギスした空気に包まれる町に、都会から二人の兄妹が移住してきた。
派手で目立つ二人は、すぐさま怪文書砲の攻撃を浴びる。
「ただのいたずらさ。気にするな」
と鷹揚に構える兄のジェリーだったが、彼はまだ気づいていなかった。
田舎町に突如降って湧いた独身イケメン男性の存在が、どれほど乙女心を刺激するのかを……。
ロマンスの予感ですよ、おっかさん。
感想
ミステリっつーより、ロマンスな側面が強い回。
怪我により、退役軍人となった若き男性ジェリー。そしてその妹であり、戦時中は看護師として相当悲惨な現場にも出向いたであろう、肝っ玉強そうなジョアナ。
田舎町に突如降って湧いた若者二人=いい人おるんけ? な展開が早速始まり、ジェリーにはミントン家の娘ミーガンと、家庭教師のエルジーが。そしてジョアナには医師のオーエンが名乗りを上げる。
でもって、若ぇもんがわちゃこらやっているその横で、村の牧師夫妻に呼ばれたミス・マープルが、いつも通り犯罪捜査を開始する……という流れ。
エルジーなのか、ミーガンなのか。ジェリーはどっちとくっつくんじゃいというのが本筋と言っても過言ではないのだが(過言かもしらん)、落ち着いた大人の女性であるエルジーに比べ、ミーガンは二言目には「私って退屈でしょ?」「私なんて何のとりえもないわ」「父は私が嫌いなのよ」と私語りを始め、でもジェリーが気になってしょうがないので方々で姿を現し、でもやっぱり自尊心が低いために「もう帰るわ」と突如いなくなったりするという、ミーガンめんどくせぇな行動を連発する。
一見すると、ただのかまってちゃんなのだが、ジェリーのような自立した大人の男性には、そこがかえってかわゆく映るらしく、何かと心配したり、世話をやいちゃったりするので、もう勝手にしてくれ。
「イライザとヒギンズ教授だ!」とか、胸キュンコメディを地で行く展開にふふっふーと目じりを下げたくなる……のだが。
殺人事件なんですよ、おっかさん。
結局のところ、そんな若者同士によるわちゃこらの陰では、陰惨な殺人事件が進行している。
ジェリーとミーガンのフレッシュさに癒されれば癒される程、露呈する犯人の動機や冷酷な犯行に、ほんげぁーとならざるを得ないのだ。
特に、第二の被害者となるメイドに関しては冷徹そのもので、遺体発見時の演出が超怖い。マジ怖い。やめれ。
秀逸なのは、彼女の立てた死亡フラグだ。
メイドが殺されたのは、●●を●●からではなく、●も●●かったから。
ミステリの氾濫する今ならともかく、当時この発想を思いつくクリスティ女史は、やはり天才ではないかと思わざるを得ない。
でもねー、「気になることがあるの……」と相談したその横に犯人いるとか、不運というか、不注意というか。何か変だなと思ってはいたが、その意味までは理解できなかったんでしょうな。怖っ。
予告殺人
原題:A Murder is Announced
公開年:1985年
話数:全三話
ざっくり説明:「人死ぬよ」の時間に、人死んだ。
あらすじ
『今夜六時半、人が死ぬ――』。
地元新聞の広告欄に、突如載った知らせ。
殺人の舞台となる予定のリトル・パドックス館では、女主人レティシアが一応の軽食を用意し、来訪者を待ちかまえていた。
「ただのいたずらだと思うけど……」
だが多分来る。やって来る。物見高い人々が。ピンポーン。
「やっぱり来たヨ」わちゃわちゃと集まってくる
野次馬紳士淑女たち。
迫りくる予告の時間。
そして鳴らされる、六時半の呼び鈴。
果たして、本当に殺人が起こるのか……?
感想
起こるんだヨ。
起こらないと話が進まないし。
そして、怖ぇーんだヨ。
本作は、ミス・マープルシリーズの中でも屈指の人気、かつ名作。
『予告された時間に、本当に殺人が起きる』という筋立てもさることながら、犯人像がかなり怖い。
終盤に判明する犯行動機は、とにもかくにも私欲に満ち満ちているものであり、三つの殺人はすべて金のため=保身のために行われたことが知らされる。
一つ目はともかく、二つ目に関しては完全なサイコパスと化しており、「死ぬ前に楽しい時間を過ごさせてあげたかった」と相手を気遣ったように見せかけて、本当の気遣いは殺さないことじゃないかなとツッコみを入れたくなること必至。
でもって、今回も実に見事な死亡フラグを積み上げた人物がおり、たまたま推理劇を披露しているときに、犯人が偶然庭に居合わせた……という、とんでも不運さを発揮してしまうのだ。
しかもその直後、たまたま同居人が出かけなければいけない理由が発生し、たまたま彼女が庭で一人になる状況が作られるという。
たまたまが過ぎないだろうか。
犯人があの時何でそこにいたのか、原作なら言及があったかもしれないので、後で読み直してみようと思います。
ほんでもって、最後の最後で、「お前が何かを見たはずがないのに」という凄まじいの一言に尽きる絵面を披露。
怖っ! こっわ!
極限まで下腹部がヒュッとなる、げに恐ろしきお話でございます。
ちなみに、本作では原作お墨付きのイケメン刑事、クラドック氏がご登場。
過去にミス・マープルと面識はあったが、赤の他人のはずだったのが、後の『鏡は横にひび割れて』においては、何故か突然甥の一人となっているので、かなりびっくりした。そんなそぶりはまったくなかったぞ?
今回はミス・マープルを呼び寄せる姪御さんが登場するが、もしクラドック氏が甥だとすると、二人は従兄ということになるのでは……と首をかしげるのだが、細かいことはいいんだヨ!
そしてこの姪御さん。野次馬しにリトル・パドックスを訪れた際、一人だけ超ドストレートに「殺人はまだ起きてない?」と訪問の目的をぶっ放すという、気持ちのいい一面を見せてくれる。
さすがミス・マープルの姪御さんだで!
ポケットにライ麦を
原題:A Pocketful of Rye
公開年:1985年
話数:全二話
ざっくり説明:見立て殺人。
あらすじ
ポケットにライ麦を。
王様お倉で金勘定。
お妃広間でパンにハチミツ。
メイドは庭で洗濯物干し。
ツグミが鼻をついばんだ。とある信託会社の社長が、執務室で毒殺された。
不思議なことに、そのポケットには、いっぱいのライ麦が詰め込まれていた。事件を新聞で読んだミス・マープルは、ちょうど聞こえて来た童謡を口ずさみ、ふと眉をしかめるのだった。
「I have a bad feeling about this…」
感想
不朽の名作『そして誰もいなくなった』の再来。マザー・グースの歌に沿って人が殺されるという、ミステリファン大歓喜の見立て殺人回デス。
クリスティ女史は、作品中で何度かマザー・グースを扱っていますが(日本では横溝正史氏の『金田一耕介シリーズ』が有名。孫かじっちゃんかでいったら、じっちゃんのほうだよ!)、童謡とミステリの組み合わせ=超・不・気・味の相乗効果がパないのデス。
何せ、童謡の歌詞に合わせて犠牲者の殺害方法を決定、もしくは殺害後に遺体や周囲の状況を歪めて合わせてくる……という、犯人=異常という認識をこれでもかと持たせる手法。
しかし、その裏には冷酷極まりない計画性が潜んでおり、綿密な頭脳を持った人間でないと実行不可能……。
と見せかけて。
やはりどこか異常性を持っているのでは、という結論に至らざるを得ないのが、この手法の心底ぞっとするところでしょうか。
そして何よりも恐ろしいのが、ミス・マープルにおけるメイド、グラディスへの人物評価。
「あの子は徹底して、周りの女の子の引き立て役でした」
そこまで……そこまで言わんでも……と思うような、冷徹な分析。しかも、その徹底した分析があったからこそ、犯人を割り出すことができたという、容赦のなさ。
あの子に男ができた? → んなわけねーだろ=犯人。
実はこのシリーズで何よりも恐ろしいのは、ミス・マープルではあるまいか……? とぶるりとする。
彼女の自分に対する人物評を聞かないでいられる視聴者は、最高に幸せなのではないかと、ちょっと思ってしまった。
牧師館の殺人
原題:The Murder at the Vicarage
公開年:1986年
話数:全二話
ざっくり説明:牧師館で人死んだ。
あらすじ
誰が見ても嫌なやつ。
セント・メアリ・ミードの荒ぶる獅子こと、プロズロー大佐が殺害された。
しかも場所は牧師館。なんつー場所で死んで殺してくれるんだ。
慌てふためく牧師夫妻だったが、心配ご無用。
ミス・マープルは見ていた。
ちょうど犯行のあった時刻。彼女は牧師館が見える自宅の庭で、いそいそと庭仕事かつ人間観察を行っていたのだった。
はてさて、犯人は誰なのか?
再び相見えることとなったスラック警部との間に、推理合戦の火花が散る――!
感想
ここからシーズン2となるシリーズ。
かの名オープニングが装いも新たに、なんと着色されて流れ出す。モノクロとカラーで好みは分かれそうですが、カラーになった分、白黒ではわかりにくかった絵の細部がはっきり見えるようになり、教会に入ろうとしている黒い人物は牧師さんだったのかと、新たな発見があった次第です。
でもさ、一枚目のクリケット(多分)の試合の横で死んでるらしき男性の図。いや気づけよ、と思うのは一緒だね! 無関心さがニューヨーカー並だぜ、ヒューッ!
さて本作。原作では、ミス・マープル初登場となる回です。
そのためか、舞台はミス・マープルの本拠地セント・メアリ・ミード。しかも犯行のあった時刻の前後に、ミス・マープルは庭に出ていてすべてを外側から見ていた……というから、本領発揮の舞台は整ったも同然。
大佐の死亡推定時刻付近に、誰が牧師館に出入りして、誰が入っていないかをすべて見ていたミス・マープル。おまけに被害者の命を奪ったであろう、銃声らしき音も聞いている。
この庭で作業しながら……というのが実にいい。
これまでの回では、ミス・マープルをそこまで詮索好きな女性だとは思わなかったんですが、庭の前を通ったご婦人の服装に対する顔芸とか、そもそも前を通った人のことは見落とさないとか、村の一見無害な老婦人ポジションが前面に出ていて、まさに真骨頂といった具合。
スラック警部に勝ち目があるわけないよね!
そんなわけで、まだまだデレない警部。
というか、準レギュラーの位置にいる……と思っていたのに、シーズン1では案外出番のなかった警部。元気そうで安心しました。
あと、タイトル。
『牧師館の殺人』とは、また直球じゃのーと呑気に構えていたのですが、よく考えると、『牧師館』という安全なはずの場所で、『殺人』が起きたという、実はとんでも不穏な題名なんですね。
さすがはクリスティ女史だで!
スリーピング・マーダー
原題:Sleeping Murder
公開年:1987年
話数:全二話
ざっくり説明:起こさんでいいのに起こした。
あらすじ
新婚ほやほや。海辺をきゃっきゃうふふしつつドライブするリード夫妻だったが、妻グエンダが通りかかった売地を一目見て気に入ったことから、事件は起こった。
初めてのはずの家。
だが、ここにドアがあったはずと言えば、壁に塗りこめられたドアが出てくる。
ここに階段があったはず……と言えば、土に埋められた階段が出てくる。もしかして。
もしかして、私は……超能力があるのかもしれない?
イエイエ、多分昔住んでたんだと思うヨ!
そんなグエンダ。
ある日、気晴らしにと夫の友人に連れていかれた演劇で、突然過去に見た殺人の現場がフラッシュバックする。
たるんだ皮の手。
その手の先にある、青ざめた女性の首と顔……。
あの家で、私は昔、誰かが殺されるのを見た……?
感想
二十年前に起こったはずの殺人を、グエンダの記憶を頼りに暴いていくというのが、今回の筋。
舞台はセント・メアリ・ミードからは遠く離れた海沿いの町。
じゃあ、ミス・マープルの出番はない……のかと思いきや。
なんとリード夫妻の夫のほう、ジャイルズが、ミス・マープルの有能にして金持ちの甥レイモンドの従兄という設定。
世間は狭いなあ!
一体、ミス・マープルには、何人の甥と姪がいるのやら。おそらくジャイルズとレイモンドは、マープルとは血のつながりのない配偶者方の従兄なんじゃろうと思うのですが。
まあとにかく、グエンダが気晴らしにとロンドンのレイモンド宅を訪れた際、ちょうど居合わせていたのがミス・マープル。
芝居の最中に、「女の顔を覆え。彼女は若くして死んだ」という台詞を聞いたグエンダは絶叫。例の屋敷――玄関ホールを見下ろす階上から、誰かがヘレンという名の女性の首を絞め、殺した現場を見たことを思い出したのだ。
「真実を追求しなければ」と言うグエンダに、ミス・マープルが助言を送る。
「過去は眠らせたままの方がいいわ」
そう。もしもグエンダの証言が真実なら、危険な殺人者が野放しになっているということ。下手に掘り返そうとすれば、さらなる悲劇を招きかねない。
なんつっておきながら、秒でグエンダたちの町にやって来るミス・マープル。
「やっぱりね。あなたたちは過去を追求すると思ってたわ」的な言い訳をするも、暴く気満々じゃないすか、このご婦人は。
目の前に謎をつり下げられたら、解かずにいられないのが、ミス・マープル。
案の定、グエンダの行動は二十年前の眠れる殺人犯を呼び覚まし、新たな犠牲者を生むのだった……。
まさに題名通りの展開となる本作。
犯人が、かなりろくでもないやつだったことを付け加えておきます。さすが二十年も眠ってただけのことはあるで!
バートラム・ホテルにて
原題:At Bertram’s Hotel
公開年:1987年
話数:全二話
ざっくり説明:古き良き……なのはいいことか?
あらすじ
古き良き時代の代表、バートラム・ホテル。
目覚ましく変わりゆく世の中から取り残されたように、昔と変わらないこのホテルには、毎日様々な人々が出入りしていた。
有名な女冒険家、不機嫌なティーンとその後見人。物忘れの激しい牧師に、ティーブレイク大好きな老婦人……。ん? 老婦人?
↓
もちろん、ミス・マープルだヨ。彼女あるところに犯罪アリ。
一見平和なこのホテルに、血の雨が降り注ごうとしているのだった……。お願いだから、探偵は家でおとなしくしてたって!
感想
ろくでもない。
ひじょーーーーーにろくでもない犯人だった回。
スリーピング・マーダーと二回続けて、どうしようもない犯人じゃのう……と思った次第。
そしてこの頃になると、ミス・マープル近辺に見た目は子ども君とじっちゃんの孫現象が起こっているのが顕著となる。
今まではですね、現場が彼女の本拠地であったり、犯罪の気配を心配して誰かが彼女を呼び寄せたりと、犯罪現場に居合わせる理由付けがされていたんですが。
今回に至っては、たまたま甥が招待してくれたホテルで、たまたまミス・マープルが滞在した短い期間に、どんぴしゃで犯罪が起きるという。
ついに来たか……。
と何かほほえましいような気持ちになりましたね。
というか、甥のレイモンドはどんだけお金持ちなんざんすか。ミス・マープルがどこぞのホテルで静養するときは、たいていスポンサーがこのレイモンド君なんですが。
職業=作家。原作でのミス・マープル曰く、「あなたの書くものはたしかに気が利いていますけどね」だそう。
そんなレイモンド君、時々ちらりとドラマにも登場。シーズン1の最後や、前述の『スリーピングマーダー』でもお顔を見せてくれるのですが、そのたびに役者さんが違うため、容姿がころっころ変わって安定しない。大事なのはスポンサーというポジション。
あと、今回はゲストに冒険家のベス・セジウィックという破天荒な女性が登場するのですが、ホテルでハンバーガーを食べようとした際、持ち方がアレなために、中身のソースが下側にべちゃっ。
たしかに笑える。
でもさすがに笑い過ぎではあるまいか……ということが、気になって仕方がありませんでした。ツボに入っちゃったんでしょうなあ。
復讐の女神
原題:Nemesis
公開年:1987年
話数:全二話
ざっくり説明:犯罪捜査バスツアー。
あらすじ
大富豪のラフィール氏が亡くなった。
生前、とある事件で行動を共にしたことのあるミス・マープルに、ラフィール氏の弁護士から連絡が入る。
氏の遺言に従い、正義を執行してほしい――と。あまりに漠然とした指示。
だがラフィール氏曰く、彼女にならわかるという。
『好物のヤマウズラを食べるため』を建前に(多分)、友情を果たすため、指定されたバスツアーに参加するミス・マープルだったが……。
感想
突如降って湧いたラフィール氏という名前。
原作では、彼が登場する『カリブ海の秘密』の後に、本作『復讐の女神』が刊行されているため問題はないのですが、ドラマ勢としては「ラフィール氏って誰ぞ?」と首を傾げたくなる構成。
でも問題ないから大丈夫。
とりあえず、昔縁のあった大富豪がいたんだな、的スタンスで見て行けば、事件そのものは独立しているので支障ありませんでした。
生前のラフィール氏がどんな人物であったかは、冒頭のご本人と、遺言の内容を見れば推し量れるようになっております。
おそらく、本作はドラマにおけるシーズン2最後の回。ミス・マープル=老婦人=演じる役者さんがどうしても高齢になる……ということで、連続放送としては一度締めようと相成ったのではないでしょうか。
そうすると、当然この『復讐の女神』エピソードは入れねばなるまい。まだ『カリブ海の秘密』作ってねーけど? → まあ大丈夫だべ、的なやり取りがあったのではないすかね。多分ね。
『スリーピングマーダー』同様、今回も過去に起こった犯罪を追うことに。
ラフィール氏の息子=巨額の遺産を受け継ぐ男マイクルが、かつて容疑者となった事件。謎だらけだったバスツアーながら、参加後わりとすぐに負うべき事件は判明し、それにゆかりのある土地へとバスは向かっていく。
犯人といい、ミス・マープルのネメシスっぷりといい、シーズン最後を飾るにふさわしい面白さでした。
「だから私に頼んだのよ。誰が相手でも、容赦なく犯罪を暴くから」
と言うミス・マープル自身の言が、このドラマの魅力を余すことなく表現しています。
若いころは彼女の魅力がいまいちわからず、ポアロの方が好きだったんですが、今になって見ると、最高にかっけーおばあさんです。年をとるまでに、こんな洞察力を備えたいものですね。
「またお会いしよう」の文言が渋い。
ミス・マープル、大好きです。
パディントン発4時50分
原題:4.50 from Paddington
公開年:1987年
話数:長編一話
ざっくり説明:向かいの電車で殺人起きた。
あらすじ
マギリカディ夫人は夢うつつだった。友人に会いに行くため乘った列車。
どうして列車の振動というのは、こうも眠気を誘発するのだろう……。……。
暇ね……。
あっ、隣を別の列車が走っているわ。
あらあら、みんな疲れた顔して……。
列車の中って、どんな態度でいるのが正解なのかしら。無言だとつまらないけど、うるさすぎるおしゃべりは迷惑……あらやだ、窓に映った自分の顔って、どうしてこうも不細工に見えるのかしらね……んん??
えっ? 嘘……!
男が女性の首を絞めているわ!
おまわりさーーーん!!
感想
というわけで、ごく普通の婦人が、走行中に偶然隣り合った列車の窓から、何者かが女性を絞殺しているのを目撃してしまうことから始まる本作。
掴みはグンバツ。
慌てて到着駅で通報するも、問題の列車は無問題。死体どころか、騒ぎも起きておらず、「奥さん夢でも見たんじゃねーの」と言って帰されてしまう。
おかしい……寝ぼけていたわけではなく、確かに見たのに……。
そんな悩めるマギリカディ夫人。
心配ご無用。
勘のいい人ならピンときたでしょうが、その”会いに行った友人”というのが、もちろん我らがミス・マープルなんですわー。
探偵時空は本人のみならず、周囲の友人すら巻き込んで、犯罪の気配を逃がさないんですわーー。
「マギリカディ夫人はしっかりした人です。彼女が見たというなら、見たのです」
宿敵スラック警部を相手に、きっぱりと言い放つミス・マープル。友人冥利に尽きるってなもんです。
けれど、もちろん信じるはずのないスラック警部。「ほんじゃ死体を持ってきてくださいよー。できるなら、ねえ?」的不遜な態度を取られたミス・マープルは、あきらめずにマギリカディ夫人とともに、反対方向へと向かう列車に乗り込む。
そして窓から死体を捨てる絶好のポイント(なんでそんなことがわかるんだ。普通のご婦人は間違ってもそんな判断できないぞ。さてはミス・マープルは元海兵隊)を見つけ、その向こうに大きなお屋敷があるのを発見する。
屋敷の持ち主は、クラッケンソープという変わり者の大富豪を祖とする一族。
これは謎の気配だで!
さすがに自ら入り込むことのできない老婦人たちは、代理として若き俊英、家政婦のルーシーに事情を話し、見事クラッケンソープの屋敷に職を見つけることに成功するのだった。
……と、ここまではいいのだが。
ルーシー登場あたりから、物語は変な方向に進み始める。
すなわち、美人で超有能なルーシーが、事件関係者の誰とくっつくか問題、である。
いやいや、それは別に問題ではなくね? と思うかもしれないが、他映像作品においても、ルーシーが誰を選ぶのか、もしくは結局誰も選ばないのかが非常に重きを置いて描かれており、本作におけるルーシー・ロマンスゾーンは、切っても切り離せない関係なのでごんす。
個人的には、最終的にルーシーが本当に惹かれていた相手というのにまったく納得がいかんのですが(なんでそっちだよ)、結果オーライになったからほっと一安心。
そして勤め始めた初日に、無法地帯だった台所周りを、きびきびとビフォーアフターしていくシーンの気持ちいいこと、楽しいこと。
自分も思う様、あそこで料理したりお菓子つくったりしてぇ! と思った次第です。広い台所っていいよね!
カリブ海の秘密
原題:A Caribbean Mystery
公開年:1989年
話数:長編一話
ざっくり説明:療養先で殺人起きた。
あらすじ
彼女に休息の文字はない――。
例によって、裕福な甥っ子レイモンド君の計らいにより、カリブ海のリゾート地で静養をしていたミス・マープル。
青い海。澄んだ空。鳴り響くカモメの声に混じる悲鳴。そう。名探偵に休息など許されない。
曲者ばかりが揃うリゾート地で、またしても惨劇の幕が開いた。同じく静養に訪れていた大富豪のラフィール氏は、事件を嗅ぎまわる老婦人を見て、首を傾げた。
このばあさん、前よりイキイキとしてないか?
……気のせいじゃないと思います。
感想
自身が旅行好きだっただけあり、クリスティ女史の作品には、南国のリゾートを舞台にしたものが多く見られます。ポアロものでも『白昼の悪魔』や『砂に描かれた三角形』があるように、砂浜の上で起こる血なまぐさい殺人がお得意な様子。
本作も例に漏れず……なのですが、前出の『復讐の女神』にて、風変わりな遺言を遺したラフィール氏が登場するというのが最大の特徴。
これがまあ、大層魅力的な人物。
最初は気難しくて横柄な、権力をかさに着た老人なのかと思いきや、偏屈ながらもミス・マープルの実力を認め、彼なりの敬意を払い、二人で協力して犯人逮捕までこぎつけるという。
かの名言、『ピンクのショールを着た復讐の女神』はここで生まれる。
本当にピンクのショール。しかも手編みだから、余計に可愛らしい。
けれど、犯罪を暴くには容赦なく。
最初の被害者となる少佐にも、悪酔いしつつ彼女にからもうとすることに対し、「ここは若い人の場所よ。私たち年寄りは退散しましょう」とばしっと切り捨てるという潔さ。
なんてカッコよいおばあさんでしょう。
それにしても、他の客の少佐への態度がとんでもドイヒ。たしかに若干鬱陶しい人物ではありますが、あそこまで塩対応しなくてもよくないかと不憫な気持に。
そして犯人が、これまたろくでもない人物。
なんかこう……なんかこう……その殺人に使う労力を別の方向に向けたら、一旗とっくに挙げられたんじゃねーのって、そんな気持ちになります。
魔術の殺人
原題:They Do It with Mirrors
公開年:1991年
話数:長編一話
ざっくり説明:別の人死んでた。
あらすじ
「胸騒ぎがするの。妹を助けてやって」
旧友からの依頼を受け、彼女の妹キャロラインの屋敷に滞在することになったミス・マープル。
「大丈夫、滞在理由は考えてあるわ」の理由=『ミス・マープルは困窮して三度の飯も満足でない』って、お前……。
「とっさに言っちゃった☆」
テヘペロ、じゃねえよ。
だがそこは老獪老練なるミス・マープル。快く承諾し、何かが起こりそうなキャロライン邸へと出向くのだったが……。
感想
ミス・マープルにもあった少女時代。
彼女と友人のルース、その妹のキャロラインの若き時代の映像が見られる回。
でもって、スラック警部がついに雪解けする回。
正直、トリックとか犯人とかより、よっぽどそちらの方が印象的。
というか、連続視聴でいい加減疲れていたからなのか、終盤に二人の人物が立て続けに殺されるシーン。
あれがなんで殺されたのか、さっぱりわからん。
なんかまずいものでも見たんけ?
いつもなら、最後にまとめてミス・マープルが推理を披露してくれるんですが、何故か今回に限っては、例の二人が殺された理由については言及せず。
多分、話の流れで「ホワイダニット」な部分が明らかになっていた……んでしょうが、犯行シーンの前後を見直してみても、ちっともピンときませんでした。
「ほんじゃネットでネタバレ検索してみっか!」と探してみるも、メインのクリスチャン殺害についての言及はあれど、残る二人についての記事は見つけられず……。
原作未読なので、いずれ読んでみたいと思います……。
ミステリ好きなのに修行が足らんようです。精進します。
ちなみに今回は、スラック警部が魔術の練習をしちゃったり、突然のミス・マープルに動揺 → カーテンを閉めて向こう側にこもる → 精神統一 → 出て行く → ミス・マープル「お出ましね」という超優しい態度を取ってもらったり、「あなたに言いたいことがある……ありがとう」と礼を言っちゃったリと、まあとにかくスラック警部万歳な内容となっております。
レックスは子だくさんらしいし、ハッピーな二人でございます。
鏡は横にひび割れて
原題:The Mirror Crack’d from Side to Side
公開年:1992年
話数:長編一話
ざっくり説明:女優ではなくモブが死ぬ。
あらすじ
セント・メアリ・ミードに、なんと大女優のマリーナ・グレッグが越してきた!
平和な村に突如降って湧いた話題に人々は色めき立つ。
交流のとっかかりにと、マリーナが催したパーティには、村中の人々がこぞって参加。
もちろん我らがミス・マープルも……とくれば。
起こる殺人。
だが被害者は、一般人の中年女性。おかしい……。
こういうとき、死ぬのは女優と決まっているのに?
疑問に思ったミス・マープルは、やはりというか、捜査を開始するのだったが……。
感想
ジョーン・ヒクソンさん版最後のエピソードとなる本作。日本でも、黒木瞳さん主演にて映像化されていましたね。
大女優宅で開かれたパーティにて、一般人の女性が死亡。
けれど、その女性が飲んだ毒入りの飲み物は、本来は女優が飲むはずのものだった……という筋立て。
今回重要なのは、どうやって殺したかの『ハウダニット』ではなく、どうして殺したかの『ホワイダニット』。
この理由といい、犯人が迎える結末といい、まさにシリーズラストを飾るにふさわしい、苦みのあるものとなっています。
意図せずして加害者となった彼女も、悪かと言われれば、悪ではなかった。
ただ知らなかっただけ。
けれどそれが悲劇を生んでしまった。
一瞬で燃え上がった憎悪の炎。それを消そうとしても消せなかった気持ちは推し量れるだけに、犯人に対して同情の念も湧きかける……のですが。
第二の殺人はいかがなものか。
これがなかったら、悲劇の犯人だったんでしょうが、そうはさせないところが、さすがはクリスティ女史。
そして今回は、なんとあのスラック警部が警視に昇進。すっかり上役となった彼に変わり、突如ミス・マープルの甥設定が加わったイケメン警部補クラドック氏が登場します。
この方の優し気な笑顔がいいんすよね。突然「伯母さん」とか呼び始めるしね。
まっ、細かいことはいいんだよ!
とてもとても面白いシリーズでした。
ありがとうございます!
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