原題:Spoorloos
1988年の映画
おすすめ度:☆☆☆☆
【一言説明】
恋人消えた。

世界には、『サークル』と『ザ・サークル』といった、『ザ』がつくかつかないかでまったくの別物……という作品が存在する。本作の『ザ・バニシング -消失-』も例外ではなく、『ザ』がつくほうはサイコサスペンス、つかないほうはフツーのサスペンスと、なんともややこしい状況ながら、とりあえず、ジェラルド・バトラー氏が出ていないほうと覚えておこう。
オランダとフランスの合作映画だそうで、俳優さんはなじみのない方々なれど、皆様役にぴったり、かつ素晴らしい演技力をお持ちです。
あらすじ
恋人が突如消えた。
オランダからフランスへ。ドライブ旅行へと繰り出したカップル、レックスとサスキア。
途中、些細な出来事で喧嘩をしつつも、ドライブインで仲直りをした二人。「コーヒーを買ってくるわ。そしたら出発しましょ」
そう言って、売店へと向かったサスキア。
だが、彼女は戻らなかった。
何分経っても――三年経っても、戻らなかった。何が彼女に起こったのか?
残されたレックスは問い続ける。
答えを知るためなら、すべてを犠牲にしたってかまわない……。
※以下ネタバレです。未見の方注意。
感想
かのスタンリー・キューブリック監督が、「もっとも恐ろしい」と評した本作『ザ・バニシング -消失-』。
どれどれ、どんだけ怖いのさ、と見てみれば……確かに恐い。構成が実に素晴らしく、被害者パートも犯人パートもトントン拍子に進んでいき、衝撃の結末へとなだれ込むまで、まさにあっという間でございました。
1.オランダから南仏へと旅行にやってきたカップル、レックスとサスキア。
「また夢を見たわ。黄金の卵に閉じ込められる夢。でも、今回は近くにもう一つ卵があったの。二つがぶつかる時、すべてが終わるのよ」と夢の話をするサスキア。
正直言って、他人の夢の話ほど、どんな顔で聞いたらいいのかわからんものはないと思うのですが、さすがは恋人。真面目に相槌を打つレックス君。
その後、ちょっとしたアクシデントにより、険悪な雰囲気になるものの、途中のドライブインで仲直り。
8が好きというサスキアは、八番目に生えた木の下に二枚のコインを埋め、「絶対に私から離れないと誓って」とレックスに宣誓させる。
2.そんな二人のやり取りを、遠目から眺める男が一人。折れてもいない右腕にギプスをはめるなど、怪しさ満点。
というか、予告編で映ってた犯人だよね?
そんなこととはつゆ知らず、「コーヒーを買ってくるわ」と売店に向かうサスキア。
3.いつまで待っても帰ってこないサスキア。
ドライブインの責任者に協力を仰いで捜索するも、「男と二人でいた」という目撃証言があったのみで、彼女は姿を消してしまった。
4.犯人パート。
2で出て来た不審なおっさんの日常が映される……と見せかけて、完全に女性を誘拐する予行演習をしている。
人里離れた山荘を借りて、周囲にどの程度音が聞こえるのかを実験したり、娘を使って、車内でクロロフォルムを嗅がせる練習をしたり。いざ実践と街に繰り出してみたら、不審がられて失敗したり……。
だが、いずれかの時点で成功したのか、町にはサスキア失踪のポスターが貼られるようになった。
「まだ探しているなんて、おかしな男だな」と同僚に発言→いやコイツ、内心ほくそえんでいるのが丸わかりである。
5.レックスパート。
あれから三年が経っても、サスキアを探し続けるレックス。彼のもとには何度か犯人からのお手紙が届いており、五回目の今回は、フランスのニームという街のカフェに来るよう指示があった。
何故か新しい恋人を伴ってくるレックス。
犯人困る → 相手が一人になった隙に、さりげなく近くの席に腰掛けてみる → 気づく気配もなく、恋人を尻を追いかけるレックス。
お前は一体何しに来たんだよ。
6.犯人の心も知らず、テレビのインタビューに出るレックス。
「犯人はとても頭のいいやつだよ。僕は真相を知りたいだけさ」
↓
まんざらでもない犯人。顔出しでの接触を決意する。
↓
「オッス! 俺、犯人!」
↓
その場でボコられる犯人。
何故か非難がましい視線を送ってくる犯人。
当然の成り行きだと思うが?
7.犯人の名前=レイモン。
犯人と被害者の恋人という、男二人のドライブ旅行が実現。
いざ、肩を並べて告白タイム!
「これこれこうやってサスキアを拉致したんだけどさぁ……。この先は、睡眠薬入のコーヒーを飲まないと、教えてあげないよ!」
8.悩むレックス。
コーヒーを飲む=眠っている隙に、サスキアと同じ目に遭わされる=死ぬ=だが、サスキアに何があったかは知ることができる。
思い悩むあまり、木々の間を八の字走行で走り出すレックス。
どう見ても不審者です。
↓
コーヒーを一気飲み!
「コーヒーを飲まないのが”普通”なら、逆らうには飲むしかないのさ!」
9.地中に埋まった木箱の中で目を覚ますレックス。
呼べども叫べども、助けは来ない。
「サスキア……サスキア……!」
10.山荘にて、家族と休暇を楽しむレイモン。車の中には、『恋人を探していた男性、行方不明に』と書かれた新聞が。
かくして、黄金の卵二つは出会い、物語の幕は閉じる……。
よくできてる! 本当によくできている。
普通なら、レックスの最後の選択は『んなアフォな』案件なんですが、この作品に限っては、その選択もアリか……と納得できる説得力があるのがすごい。
冒頭でサスキアが語っていた『黄金の卵』というのは、彼女とレックス、二人の運命を表しており、作中では二つの並んだ◯が至る所に映されます。サスキア大好き8の字然り。原題の『Spoorloos』のO然り、木の下に埋めたコイン然り、ニームのカフェでレックスが並べたコースター然り。最後の新聞記事で、丸形に切り抜かれた二人の写真然り……。
レックスが運命に殉じたのは、愛や好奇心というよりは、義務や忠誠心のためといったほうが近いように個人的には思います。なにせ、トンネルでの出来事や、コインの誓いがあったすぐ後に、サスキアは消えてしまったわけなので。
「絶対に私から離れないで」と誓ったあの時点で、すでにレックスは卵の中に閉じ込められていたのでしょう。
そしてもちろん犯人が素晴らしい。この手のサイコサスペンスものは、下手するとサイコのための犯人像、サイコありきの犯人の行動、みたいになりがちなんですが、本作はまさに犯人のためのサイコ。
サイコの中のサイコ。
映画の最後に映される犯人の目が素晴らしく不愉快で、人の顔にぽっかり空いた二つの空洞を見ることができただけでも、見てよかったなーと思った次第です。
話が話だけに、万人にはおすすめできませんが、サイコ・サスペンスが好きな方はぜひ。
面白かったです。
人物紹介
●レックス
主人公その1。三年間恋人を探し続けた男にして、最後は運命をともにするという、ある意味理想の男性。
予告編を見ていなかったら、てっきりコイツが真犯人だと思う程度には目つきが鋭い。
この男、「ガソリン入れないの?」と聞かれれば、「化粧でもしてろよ」と返し、いざトンネルでガス欠したら、恋人を一人残してガソリンを取りに行き、謝罪と称して、「トンネルで僕を呼ぶ君の声が愛しかった」なんぞと●ソ極まる発言をしたりと、もしや不良物件なんじゃねーのと思わんこともない。
が、対するサスキアがとんでも気のいいできた人物なため、まさに割れ鍋に綴じ蓋という印象。
本作を客観的に見てみると、後半の展開は、マジでどうかしてるとしか言いようがない。あらゆる時点で通報と反撃の機会があったにも関わらず、すべてをスルーし続け、最後は『[リミット]』のレイノルズ氏状態になるのだから、なんというかもう……恐ェ〜〜〜。
別れてしまった新恋人は、彼の行方を探してくれたりしなかったんですかね。
しなかったんでしょうね。
リメイク版では、恋人のおかげで最後助かるみたいなんですが、さすがにこの結末は……と監督さんが思ったのであろうか→わかってねえなと思う人はサイコの素質あり。
●レイモン
主人公その2。サイコの度が過ぎる、サイコメガネ。
家庭では良きおとん……どころか、溺れている幼女を助けに、川に飛び込んだりするヒーロー属性。だが、そのヒーロー行為も、過去に広場に飛び降りた経験があるから出来たわけで、一挙一動すべてがサイコと言っても過言ではないのが鼻につく。
「普通なら、考えるだけで飛び降りない。それに逆らうには、飛び降りるしかない」
そうレイモンが語る通り、人間誰しも破滅への衝動というのは少なからず持っている。回っている扇風機や洗濯機に指を入れたらどうなるかなーとか、コンセントにフォーク突っ込んだら感電するかなーとか。
そう。人は誰しも、レイモンになりうる可能性を持っている……わけねーよ。
ならねぇよ。
万歩譲って『ジョーカー』のアーサーにならなれるかもしれないが、百億年経ってもレイモンにはなれる気がしない。
娘からもらったアルバムを見て、即座に「骨折したふりをすればいける!」と思ったり、テレビに写ったレックス君を見て、「こいつの好奇心を信じて姿を現そう!」と思ったり、本当に呆れるほど鼻につくサイコさんですよ!
でも見事。
おすすめ度的にはアレですが、分類でいくと間違いなく名作なのがまた腹が立つよね。
●サスキア
レックスの恋人。朗らかで気立ての良い美人。旅行で立ち寄ったドライブインにて、忽然と姿を消す。偶然に偶然が重なって彼女が犠牲者となったことが後に語られる。
レイモンがガソリンを入れに来たサスキアに目を留める → 子供の大群に囲まれて機会を逃す → 別の女性で誘拐に成功しかける → 相手に嗅がせるクロロフォルムを、間違って自分で吸う → 慌ててトイレに入り、顔を洗う → 出たところで、コーヒーを買いにきたサスキアと再会 → 『R』のアクセサリを売ると言って、車までおびき寄せる → 乗ってと言われて躊躇するも、車内に貼ってあった家族写真見て油断するサスキア → 乗り込んだところをクロロフォルムで……。
彼女の最期は決して映されないものの、レックスを使ってそれを表現してくるという。なんとも紳士的な。けれども超絶エグい展開に、あー、監督コノ●ロウと思ってしまう筆者です。
ラストで映される山荘の地面が。上に座るレイモンが。
上手だなあ。
●レイモンの家族
おとんが何をしているのか、最後まで知ることのない幸せ家族。妻と娘二人は、無邪気にパパの浮気を疑ってみたり、ヒーローだと称賛してみたりしながら、実は悲鳴が近隣に届くかどうかの実験台にされていたり、誘拐成功のヒントを意図せず与えていたりする。
しかも山荘の下に何が眠っているのかを考えると、もはや完全にホラーなのだが……知らないって幸せ!
●新恋人
レックスの新しい恋人。作中のセリフからするに、八ヶ月程度のお付き合いだった模様。
犯人からの手紙を元に、ニームへ向かうレックスに同行。そこで彼の並々ならぬサスキア愛を見せつけられた上に、突如トリップ状態に陥ったりして、見事破局となった。
てっきり、レックスが乗り込んだレイモンの車には、彼女の●体が詰め込まれてるんだろうと思っていましたが、そんなことはなかった。
●溺れていた女の子
川で溺れそうになっていたところを、飛び込んだレイモンによって助け出された。
なのに第一声が、「おじちゃん、お人形を見捨てたでしょ」。
幼女というものは恐ろしいものであります。
●予告編
静かに、不穏に。本作の魅力を余すことなく伝え、続きが見たいと思わせる素晴らしい構成ながら、最後のタイトルにかかる音楽だけがホラー。ガチでホラー。
怖いから、やめていただけますぅ?
●監督
ジョルジュ・シュルイツァー氏。オランダの監督さん。
素晴らしい作品をありがとうございました。大変おもしろかったです。
↓Amazon Prime Videoで探したけど出てこなかったから、DVDのリンクを貼っておきます。黄金の卵はすぐそこに……。
ちなみに『タマゴ』を英語っぽく発音しようとすると、『タメェゴォ』って毎回言うんですが、『エッグ』だということに五秒差で気づく日々です。

↓とんでもなく似ているけれど、まったく別物なタイトル『バニシング』はこちら。何が消えるのかは見てのお楽しみダヨ!

ちなみに↑の映画の記事も書いてます↓


